旅 - シルクロード

【シルクロード】甘粛省東部の旅(1)

清明節の連休を利用して2泊3日で旅をしました。

行先は、甘粛省平涼市「泾川」県と「庄浪」県です。

この2つの地域を周り、3日目は天水市に出て、列車で西安に戻りました。

お目当ては「石窟」見物です。

石窟とは

山の斜面を掘削して部屋を造り、中に仏像や壁画をこしらえたものです。山の斜面に直接大仏や壁画を掘るのは「石刻」と呼び分けたりします。

仏教の教えに傾倒した権力者や資産家が造らせたこのような石窟や石刻は、シルクロード上に数多く点在しています。後にイスラム教が栄えた地域の石窟は破壊されているものが多いですが、中国にあるものは比較的多く現存しているようです。

一般に中国で有名な三大石窟として、

  • 甘粛省敦煌市の莫高窟
  • 河南省洛陽市の洛阳石窟
  • 山西省大同市の大同石窟

があります。

わたしは莫高窟と洛阳石窟には行ったことがあります。大同はちょっと遠くて笑

他にも各地に規模の大小様々な石窟や石刻があって、暇を見つけては少しずつ訪ね歩いています。

シルクロードの雰囲気をじっくりと味わえるのが魅力です。

甘粛省平涼市郊外の旅へ

甘粛省平涼市は西安のある陝西省と境界を接しており、西安からアクセスしやすい場所です。

今回は平涼の郊外の2つの県を訪れます。周辺に北魏から唐までの間にに造られたとされる石窟が点在しているのであります。

また、今回の旅は地球の歩き方「シルクロード」の最新号に掲載されている特集を参考にしました。

西安駅

朝6時前の西安駅です。あいにくの雨。

駅構内の様子。改札が始まりました。

わたしの乗車する列車は銀川が終点のようです。

雨なので車窓からの景色もイマイチ。まあしょうがない。

長武駅でしばらく停車。理由は早く進み過ぎたから!

のどかな駅です。雨もあがりました。

宝鶏市長武県。陝西省の左端です。もうしばらく西へ進めば甘粛省です。

向こうに見える土色の段々畑がいかにも甘粛という感じです。

10時40分頃、甘粛省平涼市泾川(ジンチュアン)県に到着。

泾川駅

泾川はだいたいこの辺。

路線バスに乗って汽车站(チーチャージャン:バスターミナル)へ。

汽车站付近の街並み。やはり田舎町は人通りが少ないですね。

饸饹(ハーラー)

少し早いですが腹ごしらえ。スープ入り饸饹(ハーラー)を。

饸饹には白い麺と黒い麺(蕎麦粉)を使った二種類あり、わたしは黒いのをチョイス。

もっちりした歯ごたえで美味しいです。日本そばの味とはちょっと違います。

食後バスターミナルで明朝のバスの切符の購入と、今日の目的地への路線バスの存在を確認します。

バスターミナルから西へ少し行ったところに歩道橋のある大きな十字路があり、そこを左に曲がったところにバスが数台停まっています。

ここから今日の最初の目的地「罗汉(羅漢)洞石窟(ルオハンドンシークー)」付近を通るバスに乗ります。

罗汉洞石窟(ルオハンドンシークー)

途中乗客が乗ったり降りたりしながら、20分ほどで「罗汉洞村」に到着しました。殺伐としていい感じのストリートですね。

この付近に罗汉洞石窟があるはずなのですが、売店のおばさんや道を歩いていたおじさんに聞いても分からず。地元でも知られていないとは、相当マイナーなのでしょう。

30分ほど周囲を散策したものの、それらしい看板や標識は見つからず。諦めることにしました。幸先悪し。

仕方なく歩いて村の北を流れる川を渡ります。これが「泾河(ジンハー)」です。

黄河の支流の支流になります。なるほど黄河っぽい色をしていますね。

のどかな畑道を行きます。電波塔が見えるのはご愛嬌。

目的地にたどり着かなくても、こんなのどかな風景の中を歩くだけでも旅に出た甲斐があったというものです。

川を渡り左に曲がってしばらく進むと「丈八寺石窟(ジャンバースーシークー)」の石碑が現れました。

丈八寺石窟(ジャンバースーシークー)

唐代に創建されたとされる丈八寺石窟。

立派な石碑が置かれているものの、石窟は事実上廃墟と言ってよい佇まいで、中は雑然としています。

こんな落書きも。万死に値します。

こちらが丈八寺石窟の中心となる仏像です。

だいぶ朽ち果ててはいますが、唐代から現代に至るまで長い年月をこの場所でひっそりと過ごしてきたのでしょう。

これからさらに西に進んで、「南石窟寺(ナンシークースー)」に向かいます。

脇に山の連なる道を30分ほど歩くと、視界が少し開けてきました。

南石窟寺の周囲は整備されており、観光地化への意気込みが少し伝わってきます。

南石窟寺(ナンシークースー)

しかし、わたしの訪れたタイミングの問題か、誰もいません。

敷地の中に入場料30元を意味する看板が転がっていたのでお金を取ろういう意志はあるようですが、入口にも中にも誰もいないので、結局払わずじまいでした。

敷地の奥に石窟があります。北魏の時代、西暦510年の創建とされています。

階段を上ります。

窓枠程度の大きさに掘られた部屋の中に仏像が掘られています。

しかし、大きな部屋にはカギがかかっていて見どころの仏像を見れません。

人がおらず金を払わないで済んでよかったなどと思っていたら、肝心の石窟にはしっかりとセキュリティが施されていました。

残念ですが見れるものだけをしっかりと見て南石窟寺を後にしました。

寺を出てそのまま南に下り川を渡ると泾川の街から乗ったバスが通った道に出るのでそこでバスを待ち、街に戻りました。

さて、泾川の県城(県の市街地のこと)の北西にある小さな山に「王母宮(ワンムーゴン)」があります。

王母宮(ワンムーゴン)

中国の大地に中華民族が誕生して間もない頃、周の穆王が伝説上(この話がそもそも伝説ですが)の山「崑崙山」で出会ったとされる仙女「西王母」が中国全土に点在する「王母宮」のルーツです。

時代が進み、西王母は崑崙山から出てこの泾川の地にも根を下ろしたとされ、前漢の武帝も西王母に会いにこの地を訪れたそうです。

そのため、この泾川の王母宮は前漢の時代に創建されたという最も歴史ある王母宮なのであります。

山の各所に史跡が点在していますが、若い人の足であれば小一時間ほどでひと通り見て周れるので、家族連れや友達連れで訪れている人たちが多いです。

この王母宮にも石窟があるのですが残念ながら工事中て閉鎖されておりました。

またまた残念。石碑だけそばに座っていたおじいさんとパチリ。

山の頂上付近には大昔の狼煙跡がありましたが、詳細を知ることはできませんでした。

王母宮を出て今日の宿にチェックイン。

「开元宾馆(カイユエンビングァン)」のいちばん安い部屋。本館の裏の昔保険会社のオフィスだったっぽい建物。笑

事前に外国人宿泊OKかを確認しておいたので問題ありませんが、部屋にトイレとシャワーがないことが発覚。シャワーは本館まで移動しないと浴びられない。

予約画面を見ると確かに「共浴」とあったのでわたしの見落としでした。まあしょうがない。

炒肉片(チャオロウピェン)を食べる

夕飯は回族の店で「炒肉片(チャオロウピェン)」。

要は牛肉の野菜炒めですが、付け合せに付いている麺が四角く平べったいもので、西安にはないスタイルで珍しいです。

食後、泾川の街をぶらぶら。

2日目はまた次回に!

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