旅 - 西安

【中国旅行・西安】秦始皇二世陵

秦二世皇帝・胡亥の陵墓

秦二世とは、秦の始皇帝の二代目、すなわち始皇帝の死後、皇帝を継いだ二世皇帝「胡亥(こがい)」を指します。

この胡亥の陵墓が西安のランドマーク「大雁塔」の南数キロ、周囲を高層マンションに囲まれた閑静な場所にあります。

秦二世・胡亥の生涯と秦の滅亡

胡亥は始皇帝の末子とされています。胡亥が歴史の表舞台に登場するのは、始皇帝が行幸中に崩御し、丞相の李斯や宦官の趙高らによって、行幸にたまたま同行していた21歳の胡亥が後継者として祭り上げられる場面からです。

宮廷を専横した宦官の趙高によって、まだ若く、あまり賢いとも言えなかった胡亥は執政から遠ざけられ、毎日酒食にふける日々を送っていました。

始皇帝陵や阿房宮の建設に莫大な費用をかけ、内政はおろそかになり、民衆の心は離反し、各地で反乱が勃発するようになります。

胡亥がようやく異変に気づいたのは劉邦軍が咸陽の都に差し迫った頃でした。趙高を厳しく問い詰めると、危機を察した趙高はクーデターを起こし、胡亥は自害させられてしまいました。秦二世即位の3年後、24歳の若さでした。

胡亥亡き後、趙高は胡亥の兄の子とされる「子嬰(しえい)」を跡継ぎに立てましたが、子嬰とその側近によって殺害されました。

子嬰は咸陽の都に迫る劉邦率いる反乱軍のもとへ自ら白装束を着て出向き降伏し、劉邦によって身の安全を保証されますが、後から来た項羽によって一族もろとも処刑され、咸陽の都も焼き討ちにされました。秦の滅亡です。

訪問記

秦二世陵遺址公園にご興味のある方は、大雁塔見物のついでに立ち寄るのがいいでしょう。徒歩で行くには少し遠いので、路線バスもしくはタクシーを利用するのがよいでしょう。

※上の画像の「已休息」というのは、この地図アプリで検索したのが夜間で、今日はすでに閉館しているよ、という意味で、休業しているとかそういう意味ではありません。

秦二世陵遺址公園は公園というよりも庭園といった趣で、敷地はさほど広くなく、芝生や樹木、石段で整然と整備されており、ゆっくり歩いて眺めるのにちょうどよいです。

庭園の奥には博物館があり、こちらも大きくはないものの、秦代の品々が展示されています。

博物館の奥には胡亥の陵墓があります。

中国史上初めて中国統一を成し遂げた始皇帝も波乱万丈の一生を過ごした一方で、時代の荒波に翻弄され散っていった胡亥のような若者が無数にいたのだということを、この秦二世陵遺址公園に来ると思い巡らすことができるかもしれません。

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