2018年9月30日から10月7日まで中国青海省を旅しました。
青海省の省都西寧市を拠点に、逆時計周りに共和、興海、同徳、貴南、貴徳を訪れ、西寧に戻るというルート。このあたりは「海南チベット族自治州」に属します。
チベット文化を訪ねる(青海省・海南チベット族自治州)
2日目 その1 西寧から共和へ
朝6時起床。だらだらと支度をして7時前に宿を出て、バスターミナル「新宁路汽车站(シンニンルーチーチャージャン)」へ。これから「共和県」に向かいます。
宿を出てすぐにあるお寺の前を通りかかります。「金塔寺(ジンタースー)」。
早朝から熱心な人々がお香を炊いているのが見えます。
31路のバスに乗り、10分ほどで新宁路汽车站に到着。「汽车站」じゃなくて「客运站」でしたね。意味は同じ「バスターミナル」です。
「共和」行きのチケットを買って、いざ乗車。
7時20分に発車したバスはノロノロとした速度で進み、市街地を過ぎると次第にスピードを上げます。
郊外にさしかかるとイスラムの大きなモスクが見えたかと思えば仏教系と思しき寺院も垣間見えます。
やがて景色は凹凸のある荒野となり、時折羊やヤクの放牧などが見えて、のどかなものになります。
色鮮やかな旗をあしらった塔が見えます。チベット仏教のタルチョです。
少しずつチベット仏教の文化圏に入ってきました。
10時10分に共和県のバスターミナルに到着。
共和県のバスターミナル入り口。
バスターミナル周辺をぶらぶらします。
バス停に中国共産党のスローガンが記されていますが、中国語と併せてチベット語の表記もあります。
晴れてはいますが西寧よりもさらにひんやりした感じ。標高も西寧(2,275m)よりもさらに1,000mほど高いです。
ふと思い立ちバスターミナルに戻り、明日向かう「興海」へのバスチケットを購入。
炮仗(パオジャン)を食う
ちょっと早いけど腹ごしらえを。
「炮仗(パオジャン)」をいただきます。ぶつ切りにした麺を牛肉、野菜などといっしょにスープで炒めたもの。
「スープで炒める」という表現はおかしいと思いつつも、そういう製法なのだからしょうがない。
バスターミナルの前にたむろしているおじさんに声をかけ、
「千卜禄寺(チェンブールースー)に行きたいんだけど?」
と聞くと、そのおじさんは「分からない」というようなことを言い、別のおじさんを呼ぶと、少し離れたところにいた、つばの広いハットをかぶったおじさんが振り向いてやってきて、
「千卜禄寺に行きたいのか?構わないよ」
最初のおじさんが、「彼はチベット族なんだよ」と言いました。
共和の街から20分ほどで「千卜禄寺」に到着。
共和のバスターミナルでつばの広い帽子をかぶったおじさんと交渉し、この千卜禄寺まで乗せてきてもらいました。
車中でおじさんはご丁寧に自ら身分証を見せてくれました。確かにチベット族のようです。「サンタードルジ」と自己紹介してくれました。
特殊な文化圏を周るときはその文化圏ネイティブな人に案内してもらうのが一番であることは言うまでもないでしょう。
旅の幸先のよいスタートをきることができました。最初に声をかけた漢族のおじさんにも感謝。
千卜禄寺(チェンブールースー)
千卜禄寺(チェンブールースー)は1813年創建。
現在は周辺から多くの少年、青年の修行僧が学ぶ僧坊のあるチベット寺院として知られています。
寺院の周りにある建物はその多くが修行僧の住まう僧坊だそうです。
雲が近い。
参観をしながら、サンタードルジさんといろいろな話をしました。
ドルジさんは小さな頃から羊飼いをしていたために学校教育を受けておらず、文字を読めないそう。
ここに来るまでの車中、私は意思疎通のために会話の途中で聞き取れない言葉があった時はスマホに文字を入力してドルジさんに指し示していたのですが、気まずい思いをさせていたことを知りました。
今は放牧の仕事は引き上げ、運転手一筋で、2人の娘さんをそれぞれ西寧の大学、高校に通わせているそうです。
本堂はあいにく閉ざされている時間帯らしく、いつ開放されるかも分からないため、寺院を後にしました。
共和の街に戻ります。
土造りの家並みが散見されます。白塗りされた建物もあり、今でも人が住んでいそうな感じです。
電気もガスもないでしょうが、ここにも人間の生活があるのかと思うと、気が遠くなります。自分がこれまで過ごしてきた環境と余りにも違いすぎるからです。
14時過ぎ、共和の街に戻りました。
ここまで運転してくれたサンタードルジさんにお礼を言い、別れました。
今日宿泊する「岭格尔(リンガー)大酒店」。
陽はまだ高い。少し休んで、共和の街を散策しに出かけましょう。