ここではわたしの愛読書で、西安やシルクロードを旅するにぴったりなシルクロード関連の小説をご紹介しています。
井上靖「敦煌」
あらすじ:
北宋の時代に科挙の受験に開封の都を訪れた青年趙行徳を中心に物語は進みます。
開封の市で売られていたウイグル族の女を助けたことをきっかけに、趙行徳の関心は西域に向くようになります。
西域への旅の途中、趙行徳は西夏王国の軍隊に捕らえられて漢族の部隊に編入され、戦乱の中に身を投じていきます。
この小説はわたしが西安に住むきっかけになった本です。
この小説を読んだ数年後に実際に敦煌を訪れた際、玉門関や鎖陽城から眺めた地平線は、その向こうに存在する西域に対する好奇心を湧きあがらせる大きな感動を覚えたものです。
敦煌の世界文化遺産「莫高窟」は1900年、石窟に塗り込められた壁の向こうに隠された部屋から発見された膨大な量の文献によって一躍有名になります。
この膨大な文献を誰がどんな理由で隠したのか現在に至るまで謎に包まれており、何よりその文献はほとんど解読できない「西夏文字」によって書かれていました。
主人公趙行徳は戦に明け暮れる日々を送る中で、「仏教」と出会い、少しずつ彼の中で「仏教」が心のより所になっていく過程は、淡々とした文体ながらも内から湧き上がる熱情を感じとれます。
この小説の独特な文体は、わたしが西安から敦煌に向かう列車の車窓から見たゴビ灘(ごつごつとした表土に草が点々と生えている荒野)や、いつ果てるともしれない地平線や山脈の美しい景色と、実によく合っており、感動がさらに増した思い出があります。
井上靖「楼蘭」
小説「敦煌」において物語のカギを握るのはウイグル人であったことからもわかるように、著者井上靖の目線は敦煌の街のある甘粛省西端よりもはるか以西、現在の新疆ウイグル自治区に向いてることがわかります。
この新疆ウイグル自治区周辺を舞台にした物語、いわゆる「西域もの」が短編集「楼蘭」に数多く収められています。
本の表題となった「楼蘭」は前漢の時代、「さまよえる湖・ロブノール」があったとされる場所(現在のチャルクリク県)にあった小国で、シルクロードの交通の要衝として栄えましたが、大国同士の争乱に巻き込まれ翻弄されていく様子を楼蘭の王女の最期とともに抒情的に描き出しています。新疆ウイグル自治区博物館に展示されている女性のミイラ「楼蘭の美女」からインスピレーションを受けている作品です。
他にも後漢の時代に西域に漢の勢力を広げることに尽力した班超を描いた「異域の人」、前漢の時代に匈奴に送られる皇族の子女に付き添って匈奴に仕えることになる宦官・中行説の数奇な人生を描いた「官者中行説」など、西域にまつわる物語をたっぷり味わえる短編集となっています。