旅 – 河南省

【中国旅行・河南省】三国志・魏の都「許昌・南陽」(3)

2泊3日で「三国志」遺跡を訪ねる旅その3、最終回です。

西安駅から夜行列車で河南省許昌市に向かい、許昌からバスで南陽市へ、翌日再び許昌に戻り、3日目は朝から散策を始め、夕方の高速鉄道で西安に戻ります。

その1、その2はこちら!

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三国志・魏の都を訪ねる(許昌)

朝、起き抜けに宿の大浴場でひとッ風呂浴びた後、朝食に出かけます。

河南省名物の「胡辣汤(ホーラータン)」です。

西安でも一般的な朝食ですが、取りあえず食べてみました。この店のは辛い!

魏の将軍「徐晃」墓

やって来ました許昌バスターミナル。

許昌市街の東、张潘镇(ジャンパンジェン)に向かいます。

約1時間の道のりです。

城角除村(チャンジャオシューツン)で降ろしてもらいます。事前に車掌さんに言っておけば教えてくれます。

ここから今日の最初の目的地、三国時代の武将、「徐晃(じょこう、シューフワン)」のお墓に向かいます。

この辺りは完全に農村地帯です。トウモロコシや唐辛子を栽培しています。

唐辛子の赤が眩しい。

城角除村の入口の看板。

のどかです。

村の集落を抜け、北に向かいます。一面のとうもろこしと唐辛子の畑が広がります。

刈り取られていないトウモロコシ畑の向こうに、かすかに石碑が見えます。

拡大して撮影してやっと徐晃墓だとわかりました。

徐晃は魏の曹操に仕えた武将で、戦上手で知られ、大きな敗戦を喫することなく、曹操に大きな信頼を寄せられた将軍でした。

同僚の張遼と同じく、蜀の関羽と敵味方ながらお互いの才を認め合う間柄で知られました。

とうもろこしに阻まれ近くには行けませんでしたが、取り敢えずよしとします。

もう少し周りを整備してくれたらと思いますが、その分とうもろこしが採れなくなるので致し方ないところでしょうか。政府が援助して欲しいところです。

写真を数枚撮って徐晃墓を後にします。

漢魏許都古城

バス通りに出て、西に向かいます。

15分ほど歩くと左手に「漢魏許都古城」が見えます。

道路を挟んで向かい側には石碑があるのですが、草木に覆われ、その上助産院の広告が打たれています。ひどい。

立派な門がありますが、その前の広場は収穫したとうもろこしを干すのに使われています。

門をくぐり、またひたすら歩きます。

直線の道を10分ほど歩くと左に道が現れ、奥に「毓秀台(ユーシュータイ)」と呼ばれる道観が見えてきます。

後漢最後の皇帝である献帝(けんてい、シャンディ)が祭祀を行ったことで知られています。

献帝は曹操によって許昌に連行されていたわけです。形だけの祭祀であったのでしょう。

広場はやはり農村の成果物の置き場に使用されています。

若き日の毛沢東もかつてこちらに立ち寄ったことがあるようです。

1918年当時ってどんな感じだったんでしょうか?

農村なので案外あんまり変わりなかったりして、、、

階段を上り、毓秀台を参観いたします。

毓秀台は決して広くありませんが、中秋節ということもあり、中秋節にちなんだ催しがあるらしく、道観の中でおじさんおばさんたちが集まって談笑をしていました。

 

張公祠

毓秀台を後にして次の目的地「张公祠」に向かいます。

バス通りを西に向かい、しばらくして右に曲がりまっすぐ進みます。

見えてきました。

山賊から村を守るために周囲を壁で囲むなどし、ちょっとした要塞のような作りになっています。

张公祠(ちょうこうし:ジャンゴンツー)は蜀の張飛を祀った廟です。

なんで魏のお膝元に張飛なのか、という疑問が起きますが、献帝に謁見するために劉備、関羽、張飛の三人で許昌を訪れ、この場所に滞在したそうです。

その時先ほどの木に馬を繋いだ、という伝説があります。

張飛はもちろん、劉備と関羽、その他道教における信仰の対象となっている様々な像が祀られています。

 

 

 

これは北宋の名臣「包拯(バオジャン)」で、名判官として広く知られており、この張公祠もまたの名を「包公寨(バオゴンジャイ)」と呼ぶこともあるようです。

 

地元の人たちが談笑しています。

張公祠を後にし、許昌の街に戻ります。

捞面(ラオ麺)

許昌の街に戻り昼食を。

賑わっている食堂に入り、「捞面(ラオ麺)」を注文。

たっぷりの野菜炒めがかかっています。麺が見えない!

黄色い萎れたものは湯葉です。「腐竹(フージュー)」といいます。汁気を吸ってジューシーな食感を楽しめます。

霸陵公園の関帝廟

旅の最後は「霸陵(バーリン)」の関帝廟に参ります。

曹操の食客となっていた関羽が劉備の消息を知るや、旅立ちの準備を整えます。

曹操は関羽の心情を理解し、無断で立ち去ろうとする関羽を無礼と誹る配下の者たちを止め、関羽を見送りに来た場所が「灞陵桥(バーリンチャオ)」という橋であったとされ、三国志の名シーンのひとつになっています。

現在、霸陵公園として整備されている場所に関羽を祀った関帝廟があります。

こちらが関帝廟。

陽が傾きかけてきました。旅ももうすぐ終わりです。

高速鉄道の駅、許昌東駅に向かいます。

許昌東駅でケンカを目撃する

少し早く駅に着いたので駅前で座っていると、売店の前にたむろしていた兄ちゃんたちがケンカを始めました。

中国ではケンカはわりとよくある出来事なので、そんなに驚くこともなく、ゆっくりと見物しました。ケンカの理由はよくわかりませんでした。

奥で座っている黒いTシャツの兄ちゃんが最初に手を出しました。

周囲に諭されて今はショボンと小さくなっています。

高速鉄道で許昌から西安まで2時間半くらい。

行きは寝台車で8時間くらいかかりましたが、帰りはヨイヨイです。

それでは三国志の遺跡を訪ねる許昌、南陽の2泊3日の旅を終わります。

最後まで見ていただきありがとうございました。