2011年10月、シルクロードの街として有名な観光地「敦煌(とんこう)」を訪れました。
前回は敦煌郊外の「白馬塔」「西千仏洞」を訪ねました。
「陽関」にひとり佇み悦に入った後、絶品の麺を食う
陽関
西千仏洞から車でさらに西へ30分行くと、「陽関(ようかん、阳关:ヤングァン)」があります。
前漢の時代、武帝(紀元前141年 – 紀元前87年)が建設した西域との交通上重要な役割を果たした関所です。
張騫の像です。張騫(? – 紀元前114年)は武帝の命令で匈奴の侵攻から西域に逃れていた大月氏(いまの中央アジア、ウズベキスタンあたり)へ匈奴討伐の同盟軍結成の説得のため、長安から13年の月日をかけて西域を旅した人物です。
これは唐代の詩人「王維」です。安西に赴任する友人に送った詩「送元二使安西(元二の安西に使いするを送る)」で陽関を引用しています。
王維の詩
Wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/送元二使安西)から引用
送元二使安西(元二の安西に使いするを送る)
渭 城 朝 雨 浥 軽 塵
(書き下し文)渭城の朝雨 軽塵を浥し
(現代語訳)渭城のまちに降った朝の雨が、ほこりを洗いおとし
客 舎 青 青 柳 色 新
客舎青青柳色新たなり
客舍(やど)の柳が青々として目にしみる
勧 君 更 尽 一 杯 酒
君に勧む 更に尽くせ一杯の酒
さあ君よ、さらに酒の杯を重ねたまえ
西 出 陽 関 無 故 人
西のかた 陽関を出づれば 故人無からん
遥か西へ陽関の外に出れば、知己友人もないだろうから
ロバの馬車です。のどかですね。
のろし台です。ここから煙を炊いて遠くに合図をします。
実のところ、ここは陽関のあった場所であることは確かですが、関所の建物そのものは砂の中に埋もれて、その姿を見ることはできません。のろし台が陽関のトレードマークになっているわけです。
ロバに乗る少年。
陽関を後にし、昼食の時間です。
めちゃくちゃうまい麺を食う
広大なぶどう畑の一画にある民家で食事ができるようです。
水路は豊富な水量をたたえています。祁連山脈の雪解け水です。
屋内の食堂は吹き抜けになっており、開放感があって雰囲気がよいです。
さきに炒めものをいただきます。うまいです。
炒めものが出たあと、白い麺だけ出てきました。馬さんに教えれられて、炒めものを適当に乗せて混ぜていただくのですが、これがむちゃくちゃうまい!
てんこもりで麺をお替りしてしまいました。
ごちそうさまでした!
や~うまい食事をいただきました!
次回もてんこもり「漢代長城」「玉門関」「河倉城」を訪ねます。