2016年のお正月、甘粛省の天水市を旅しました。
- 1日目:深夜に鉄道で西安から天水に移動。世界遺産「麦積山石窟」とその近郊にある名刹「仙人崖」を見学し、天水市内に戻り一泊
- 2日目:天水郊外にある三国時代の史跡「街亭古戦場」、天水市内の名所旧跡「伏羲廟」「玉泉観」「南郭寺」「李広墓」をそれぞれ見学し、西安に戻る
前回は「仙人崖」を見学しました。
天水の田舎を歩く
天水市街は2つある
1月1日の夕方、天水市街にやって来ました。
天水は街のつくりがちょっと変わっていて、天水駅や空港、麦積山のある「麦積区」が旧市街、麦積区から西に20キロくらい離れたところに「秦州区」という新市街があります。
新市街の方が断然栄えていて、宿泊の選択肢も自ずと新市街になるでしょう。
バスで麦積区と秦州区を行き来すると当時でたしか片道7元くらいしました。現金払いで移動しようとすると、バスはお釣り出ないので小銭がどんどん無くなっていきます。
天水の新市街にある観光名所「伏羲廟」前の広場です。
カオロウと麺を食う
夕食はちょっと雰囲気のあるカオロウ(烤肉:串焼き)店に入りました。
各テーブルに備え付けで炭火が熾されています。セルフで焼く形式ですね。
このように各自焼きながら食います。羊肉です。肉の脂が炭に落ち、ジュージューと音を立ててたまらなく香ばしいです。ビールを飲みながらやります。ウヘヘ。
カオロウをかじったあとは麺の店に入りました。
羊でとったスープの中に四角片の麺が入った羊肉片(ヤンロウピェン)です。レンゲを使っていただきます。
街亭古戦場へ向かう
1月2日の午前10時、秦州区市街からバスで秦安県龍城鎮に向かいます。
途中、龍山鎮という街を経由したのですが、とても活気のある市場を写真に納めておらず、後悔しています。
正午、龍城鎮に到着しました。田舎町です。
バスを降りてすぐに目についた亭(ちん:あずまや)に近づいてみます。
井戸のようです。若い人たちが楽しげに水を汲んでいました。素晴らしい。
近くの食堂に入って麺を食いました。じつに温まります。
さて、バスを降りたときに見た標識には街亭古戦場まで2㌔とありましたが、、、?
おじいさんが歩いていたので、「街亭古戦場はどこですか」と尋ねると、「街亭?ああ、あそこには何もないよ!行ってもしょうがないよ!」という意味のことを言われ(たのだと思う)てしまいました。
古今亭志ん生の落語で聞いた「遠くて近いは男女(なんにょ)の道、近くて遠いは田舎の道」というフレーズを思い出します。
やあ!
日本人にとっては、真冬の甘粛の田舎を歩くだけでもたいへん有意義なのですが、せっかくなので街亭古戦場にたどり着きたいです。
「泣いて馬謖を斬る」
なんとか舗装された道に出くわし、その道を上っていくと、街亭古戦場の石碑にたどり着きました。
西暦228年の三国時代、馬謖率いる蜀漢の軍勢が魏軍と対峙しましたが、馬謖は諸葛孔明の指示を聞かずに水路のない街亭に陣を敷き、魏軍に水路を断たれて大敗しました。
諸葛孔明が後継者のひとりとして目をかけていた馬謖でしたが、孔明は泣く泣く馬謖を処断しました。
「泣いて馬謖を斬る」の由縁です。
なるほど街亭古戦場からは周囲を一望でき、気持ちがいいです。
まあ山の頂上なので、水路は望めないでしょうけれど。
整備された参道がありました。
この道を上って来たらよかったのでは、と思い下っていきましたが、道は途中で途切れて、道なき道を下る羽目になりました。開発途中でした、、、
女媧祠
街亭古戦場を下りると、「女媧祠(じょかし)」がありましたので参拝しましょう。
土地のおじいさんたちがのんびりしています。
女媧は古代中国の女神で、伏羲の兄妹あるいは夫婦だとされています。
次回、天水市街の名刹を見学します。